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和歌山地方裁判所 昭和32年(モ)578号 判決 1958年3月31日

申請人(被申立人) 西山武夫

被申請人(申立人) 南海バス株式会社

主文

当庁昭和三十二年(ヨ)第二九一号従業員地位保全仮処分申請事件につき、昭和三十二年十一月二十一日当裁判所がなした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

当事者の申立

申請代理人(被申立代理人)は主文同旨の判決を求め、被申請代理人(申立代理人)は「主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言を求めた。

事実上の主張

申請代理人の陳述

一、被申請人会社は従業員約九十名を有して自動車運送事業ならびにこれに附随する観光事業を営んでいるもの、申請人は昭和二十四年五月一日、被申請人会社に入社以来自動車運転手、運輸主任、運輸課長などを経て、昭和三十二年五月十三日より日の岬パークの開発事業現場監督として勤務してきたものであるが、昭和三十二年九月五日被申請人会社は突然申請人に対し、会社の都合により解雇するむね言渡した。

二、しかしながら右解雇は次の理由により無効である。

(1)  就業規則の解雇事由に該当しない。

被申請人会社を拘束すべき就業規則によれば、従業員の解雇は懲戒解雇のほか第三十三条、第三十四条等により制限されており、その第三十三条第二号は、「事業の都合によつて已むを得ないとき」には解雇できるむね規定しているが、右規定は事業の縮少等会社側に会社経営上客観的にやむを得ない事由が存在する場合を意味するものであるところ、本件の場合、被申請人会社は最近つぎつぎと増資、新車の購入、観光施設の新設、従業員の新規採用等事業の拡大をはかつており、しかも申請人は入社以来業務に精勤し、その間、大阪陸運局長、和歌山県乗合自動車協会および被申請人会社等から優良従業員として表彰されたこともたびたびであつて解雇すべきやむを得ない事由は全く認められない。そのほか就業規則の他の何れの解雇事由に該当する事実も認められないから、本件解雇は就業規則に違反した全く理由のないものである。

(2)  不当労働行為である。

被申請人会社には会社従業員約三十三名による南海バス労働組合(以下第一組合と略称する)と、従業員約二十六名による南海バス従業員組合(以下第二組合と略称する)が組織されているが、申請人はかつて昭和二十五年五月頃第一組合が結成されるやその副委員長となり、以後執行委員などの組合役員を歴任して組合活動を続けてきたため、被申請人会社は申請人を嫌悪し、昭和二十八年十一月頃一旦解雇しようとしたが外部の斡旋によりその意図をとげ得なかつたため、昭和二十九年三月十四日申請人を運輸課長に昇格させて非組合員とした後、昭和三十二年五月九日たまたま申請人が本社社屋に宿直中、第一組合が同社屋二階において開かれた定期大会の席上、私鉄総連加盟を決議したことについて、申請人が全く関知しないのにかかわらずその情報提供を行わなかつたことを不当としてその運輸課長を免じて一月約一万円の減給をともなう日の岬パークへの転勤を命じ、さらに本件解雇におよんだもので、ここにいたる一連の行為は全く申請人の過去における組合活動の故にした不当労働行為である。

(3)  仮に会社に些少の止むを得ない都合があり、不当労働行為でないとしても本件のごとき解雇は申請人の立場を無視した権利の濫用である。

右の何れの事由によるも本件解雇は無効である。

三、従つて申請人は近く御庁に対し、解雇無効確認、賃金請求の訴訟を提起すべく準備中であるが、申請人は会社からの賃金を唯一の生活の資としている者であるところ、被請人会社の本件解雇の意思表示により、その就業ならびに賃金支払を拒絶され今や生活の危険にさらされており、本案判決の確定をまつては回復しがたい損害を蒙るおそれがあるので本申請におよんだものである。

被申請代理人の陳述

一、申請代理人主張第一項の事実は認める。

二、本件解雇は有効である。

(1)  本件解雇の理由は就業規則第三十三条第二号所定の事由による適法なものである。

すなわち申請人は運輸課長あるいは日の岬パークの現場監督として被申請人会社の経営上重要な職務に参画する利益代表者としての地位にありながら次のような反経営者的行為があつた。

(イ)  昭和三十二年七月頃申請外従業員前田敏二、佐々木英三郎、河合サヨらに対し順次無根の事実を伝えてその会社代表者に対する信頼感を失わせ、さらには同人らを通じて一般従業員の間に重役間離間の風評などを流布させてその勤労意欲を減退させた。

(ロ)  同年五月頃前後して申請外従業員高垣喜四郎をして寒川線定期バスを欠行させ、従業員上芝友治により川原河御坊間往復六十二キロを空車回送させ、申請外従業員酒井俊次をして組合大会参加のためバスを私用運転させるなどして会社の事業上多大の不便と損害を蒙らせた。

(ハ)  被申請人会社代表者に対し、自己の配置転換を要求し、もし容れられないときは会社と闘う、自分も傷つくが会社も相当な損害を受ける、などと脅迫的な言辞を弄した。

かかる事実のある従業員は就業規則の懲戒規定により処分できるのは勿論、就業規則第三十三条第二号所定の会社業務上のやむを得ない事由として解雇できるものであつて本件解雇は適法な処分であり、ちなみに同号所定のやむを得ない事由とは会社の事業縮少のごとき事由にかぎられるものではない。

(2)  本件解雇は不当労働行為ではない。

申請代理人主張のごとく、被申請人会社に第一、第二の両組合が組織されていることは認めるが、被申請人会社が昭和二十八年十一月頃に申請人に対し一旦解雇を申渡したのは申請人が当時課長心得の職にありながら会社事業に協力しなかつたためであり、その後申請人を運輸課長に昇格させたのは、その頃運輸部長が停年に達したのを機に部制を廃止した際、申請人および申請外熊代景雄を同時に課長に昇格させたものでやがて両課長は融和を欠くにいたつたため事務の支障を慮つて同熊代の配置換とともに申請人を日の岬パークに配置換したものであるほか他意なく、また本件解雇は前述のごとく利益代表者の地位にある申請人の最近の反経営者的言動によるものであつて、申請人に対する右各処置は何らその組合活動を理由としたものでないから不当労働行為に該当しない。

三、従つて本件仮処分申請は理由がなく、その申請を認容した原決定は不当であるから取消しを求めるものである。また仮に本件申請が理由ありとするも原決定主文前段を以て足りるもので賃金の支払いを命じた部分は仮処分の範囲を逸脱したものである。

疎明方法<省略>

理由

一、当事者間の係争の所在

被申請人会社は従業員約九十名を有して自動車運送事業ならびに附随の観光事業を営むもの、申請人は昭和二十四年五月一日被申請人会社に入社以来自動車運転手、運輸主任、運輸課長などを経て同三十二年五月十三日より日の岬パーク開発事業現場監督として勤務してきたものであること、および昭和三十二年九月五日、被申請人会社は申請人に対し会社の都合により解雇する旨言渡したことは被申請人の自認するところであり、被申請人会社には申請代理人主張のような就業規則(疎甲第五号証)があること、右解雇が右就業規則第三十三条第二号の理由によることもまた被申請代理人の争はないところである。

二、解雇の効力について

右解雇の効力について争いがあるのでその点について判断する。

(1)  申請人の言動

先ず被申請代理人主張第二項(1)の(イ)乃至(ハ)のような言動が申請人にあつたかどうかについて検討すると(イ)については証人前田敏二、同佐々木英三郎、被申請人代表者本人、申請人本人の供述を綜合すると、主張日時頃申請人は申請外前田敏二、同佐々木英三郎に対し打ちとけた座談の際、個人的注意とともに会社代表者について多少批判的な言辞をもらしたことは窺われないでもないけれども、同人らを通じて一般従業員の間に重役間離間の風評等を流布させてその勤労意欲を減退させたという事実は認められない。(ロ)については証人熊代景雄の供述によれば主張日時頃に申請人がその業務に関与していた寒川線の定期バス欠行の事実があつたことは一応認められるけれども、同線は悪路のため現在欠行中であり、当時も月のうち三分の一程度しか運行していなかつた事実もまた一応認められ、従つて欠行の理由が必ずしも申請人の恣意によるものとも、また会社に損害をもたらしたものとも、にわかに認めることはできない。また申請外上芝友治による空車回送、同酒井俊次のバス私用運転などにより、会社業務の日常の慣行の範囲を脱して会社の事業上不便と損害を与えたという事実もまた認めがたい。(ハ)については証人中井保吉、申請人本人、被申請人代表者本人の供述を綜合すれば、申請人は被申請人会社役員等に対し一度ならず自他の配置について種々意見と希望をのべたことは一応認められるけれども、申請人の被申請人会社における地位ならびに経歴にてらして、それが著しく不当のものであるとも、また脅迫的な態度であつたとも俄かに認めがたい。

以上の事実を綜合すると、本件解雇の意思表示のある頃まで前後して申請人には多少とも軽卒をまぬがれない行為によつて病後まもない被申請人代表者本人の感情を刺戟しかねぬところがあつたことは一応認められるけれども、それによつて現実に職場の規律をみだし、会社経営上支障ならびに損害を与えたとは到底認めることができない。かえつて申請人が平常会社業務に対して忠実であつたことは証人中井保吉、被申請人代表者本人の各供述によつても一応認められるところである。

(2)  申請人の職務内容

申請人の被申請人会社における職務内容について検討する。証人熊代景雄、申請人本人、被申請人代表者本人の各供述を綜合すると、運輸課長当時、その職務内容として一般従業員の労務配置、給与等について会社役員から意見を求められることはあつたけれども、その決定に参与するとか、あるいは専任として人事権等直接経営の中枢に関与する職務に従つていたものとは認められず、かえつて直接一般従業員の現場に接触した技能的な操作に近い業務が大部分であり、被申請人会社の経営規模、事業内容にてらして考えると、その課長あるいは監督の地位にかかわらず、会社の利益代表者としてよりもむしろ一般的従業員に近い色彩をもつていたことが一応認められる。

(3)  就業規則第三十三条第二号の解釈基準について

ひるがえつて本件解雇の事由である「会社の都合上やむを得ないとき」の具体的基準について考察すると、会社役員でもない申請人の解雇についてはもとより被申請人会社所定の就業規則に拘束されるものと解すべきところ、被申請代理人の本件解雇の事由と自認する規則第三十三条第二号の意味するところは必ずしも申請代理人主張のごとき事業の縮少等会社側に基因する事由のみに限られず、従業員側の事由に基く場合でも、それが職場の規律をみだすなど企業の運営ひいてはその存立に影響を及ぼすことが客観的に認められるかぎり、右事由に該当するものというべきである。

またその具体的事由の認定に当つては、人事権に直接関与する部課長等、その職務内容が会社の利益代表者の立場に近づけば近づくほど些少な反経営者的行為も企業の円滑な運営に影響するところが多いと考えられるので比較的容易に「会社の都合上やむを得ない事由」として認められるのに対し、その職務内容乃至現実の業務活動が一般的従業員のそれに近づけば近づくほどその言動が企業の運営に支障を来す「やむを得ない事由」とするには慎重でなければならないのは労働法の精神からして当然である。

(4)  本件解雇の事由の有無

そこで本件前記(1)(2)の認定事実を綜合して(3)の基準にてらして考察すると、申請人と被申請人代表者本人との間に時に当つて感情的な行きちがいがあつたことは認められるが、それは近代の企業組織自体の欠陥からしばしば起りがちな人間関係の一波紋にすぎず、労務管理の日常的な対象でこそあれ、それ以上のものとは認めがたく、また本件の場合特に申請人に、現実に職場の規律をみだし、故なく会社に損害を与えるなど会社経営上支障を来して就業規則第三十三条第二号の事由に該当するような事実があつたものとは到底認められない。従つて本件解雇は就業規則所定の理由をみたしていないものというべく、他に解雇の事由についての主張疎明がない本件においては、その余の判断をまつまでもなく、一応無効なものと認められる。

三、仮処分の必要性について

申請人は前記認定事実によると、従来被申請人会社からの賃金収入を主要な生活の資としていたことが窺われ、本件解雇の意思表示により、その就業ならびに賃金の支払を拒絶されて直接生計のみちを失い、本案訴訟の確定をまつては回復しがたい損害を蒙るおそれがあることが一応認められる。また成立に争いない疎甲第三号証の一、二、三、四、五、六によれば本件解雇の意思表示を受けるまで申請人が被申請人会社から支払を受けていた手取賃金は一ケ月平均金三万九百円であつたことが一応認められる。従つて申請人の本件仮処分申請を認容して、被申請人会社が申請人をその従業員として取扱い、かつ申請人に対して昭和三十二年十一月以降毎月末日かぎり一ケ月金三万九百円あての支払を命じた本件仮処分は相当であつて、何らその範囲を逸脱したものではない。よつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 龜井左取 嘉根博正 舟本信光)

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